株式会社アイシーアイ

メールマガジン第28号配信

ICIメルマガ事務局です。

7月に入り、暑い日々が続いておりますね。
皆様は体調を崩されていませんでしょうか。1日も早い梅雨明けが待ち遠しいですね。
また、7月の第3月曜日といえば「海の日」です。全国各地では、ぞくぞくと海開きが行われているようです。
では、ICI通信第28号発刊です。

本メールマガジンは、弊社が創立以来お世話になった方々に送信させていただきました。
メールを毎月お送りし、弊社の活動をご紹介していきたいと思っております。
もし、不要、とご判断いただいた場合は、本メール(mail.mag@i-c-i.jp)にご返信いただければ
配信を停止させていただきます。なお、本文中のURLがご覧いただけない場合も同様に
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少しでもお役に立てるように願っております、、、
よろしくお願いします。

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特集

「ざっくりわかるScrum(スクラム)」

http://i-c-i.jp/wp-content/uploads/2012/07/Scrum.pdf

アジャイル開発手法のScrum(スクラム)について説明します。
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今月のBossのつぶやき
~ 歴史のIF ~
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太平洋/大東亜戦争について少し続ける。
今月は、歴史のIF、を考えてみたい。
とは言え、良くあるような真珠湾で二次攻撃をしていたら、とか、ミッドウエイで空母が生き残ったら、というような威勢の良いIFではない。私が常々思っていることに「本当にこの戦争は必要だったのか」ということがある。
で、まあ、米国との戦争をしなかったという歴史があるのかを考えてみたいわけだ。先月の話題に載せた「未完のファシズム」では、第一次世界大戦の考察から、日本の有識者は、軍人であれ、官僚であれ、当時の日本の国力では、欧米との戦争は不可能だということ位は分かっていたようである。国家主義の体制を作ろうと考えている軍人たちすら、どちらかと言うと米国との戦争を避けアジアでの覇権を確立する手段として軍事独裁をと考えていたようだ。
にもかかわらず、米国との戦争に踏み切ることになってしまったのはどうしてか、ということを考えてみようと思う。

まあ、いろんなご意見もあるだろうが、少なくとも満州事変くらいまでは、国際社会に非難はされつつもだが、戦争を仕掛ける理屈があったようだ。軍部も国際的な「枠組み」を外そうなんて大それたことは考えずに、政府とも一致した一つの外交政策、まあ国策かな、として戦争を遂行したかのように思える。
ところが、大東亜戦争とそれに先行し対米戦争の原因となる支那事変(日中戦争)なるとどうも国の基本政策そのものがあやふやに見えるのだよ。そもそも、日本は本気で中華民国と戦争する意思があったのだろうか?とか。また、その目的は?というとどうもはっきししない。
確かに、せっかく手に入れた満州国内で反日運動が発生する元凶は中国であったろうが、とは言えその対策として中華民国と戦争をするというのはどうも本末転倒なのである。
本来は反日運動を満州国の国内問題として扱い、満州の統治自体を確立して国民生活を豊かにすることで解決することが先決であったのではなかろうか?ソ連というかロシア人の朝鮮半島への侵略を防ぎ、欧米と国力の差を埋めるための急造後背地としての満州の維持は、当時の国策上、絶対に必要だったはずだ。
しかし、じゃあ、満州の維持のために華北が必要、華北の維持のためには国民党政府の殲滅が必要で、そこを支援する英米との戦いも目の子に入れちゃおう、というのはいかにもいい加減な感じがする。なので、東京裁判でも満州事変を持ち出さないと「国家的謀略」が証明できなかったんじゃないかな。
まあ、誰もが原発事故なんて望まないのに、ずるずると炉心溶融から放射性物質のまき散らしまで行っちゃった某国政府なんて昔からこんなもんだ、という事だね。

なので、対米戦争がなかったようにするには、という意味で、支那事変(日中戦争)が起こらない、あるいは、早期に解決する、ということで別の歴史の流れを考えてみようと思う。では、何があれば満州事変が中国との戦争状態にまでエスカレーションしなかったのだろうか。
そもそも、盧溝橋の時には参謀本部自体が、対ソ戦を考えると不利な英米反発を避けるため、中国と戦争はやらないという方針を持っていたのに、なぜか拡大しちゃったわけだ。盧溝橋事件から第二次上海事変を経て南京占領までのエスカレーション過程を見るに、やはり、第二次上海事変に対して中国との紛争を拡大させない方針を堅持できれば、一時的にせよ、当面は中国との戦争を避けえたはずという論もある。
日本の軍人殺傷事件を発端にした日本人居留民への脅威とその排除のための海軍陸戦隊派遣までは致し方ないこともあるとしても、現場の軍人のメンツや「暴支膺懲」という世論の圧力もあって、実に簡単に「不拡大方針」を捨て、最終的には参謀本部ですら否定的だった南京進軍までをも認めるという場当たり的な政府・軍部の紛争解決指導に問題があったのだよ。
まあ、この辺が我が国の「らしさ」であろうか。
「やられたから、やりかえせ」という現場の要望(?)や「悪い奴は懲らしめろ」とか「あいつら日本人を馬鹿にしてる」的な一般世論を無視できない日本の政治家の「本領」が出てしまうわけだ。
なんたって、国会の中に「国民の生活第一」とかいう会派もできちゃうような国だし。
まあ、目先が重要ってわけだ。

この日本特有の(?)政策決定プロセスが一時的にせよ日本から消えることがIFの成立に必要となると思うのだ。
陸軍と海軍と政府が別々に勝手な戦略を立てるなんてことなく、さらに軍官一体となった国家戦略と政策実行機能をもった政府があるならば、というIFだ。
これには、まず、明治憲法の一部停止ができるくらいの大きな変革が必要だ。つまりは、戦前の日本は決して国家社会主義を標榜する全体主義の独裁国家ではなかった、ということだ。
そのために、21世紀の自衛艦がタイムスリップするとかいうことは考えずに、当時の年表を眺めてみる。
私の思いつきは、226事件を変えてみることにしようということになる。
事件そのものの推移は変わらないとして、事後処理を、憲法を順守するような政治家や重臣に任せることなく、軍部が思い切ってこのクーデターを乗っ取ることにしたらどうだろうか?それじゃあ、軍事独裁政権になって戦争が拡大してしまうのでは、という意見もあろうが、私はそうは思っていない。
当時の日本が置かれた相当無理をして富国強兵を進めなければならない状況を考えると、この独裁政権は多大な出費を伴う外征を当面は嫌うのではないだろうか。
国の目標として本気で欧米諸国と肩を並べ、とにかく満州国も含めた大日本帝国の力を本格的な国民戦争に向けるために何をするか、という目標をきちんと見れば、まずは、国の生産力を高めることが必須になるはず。
日本だって、当時の軍部の中にも軍縮派っていうのが居たりする国なんだよね。
それに、軍人や官僚はみな生真面目で、本気で国の将来なんぞを学校時代から議論していたりするわけよ。

むしろ、その後の実際の歴史を見ていると、皆が責任を逃れようとして、逆に世論とかマスコミなどに引きずられて、戦争になっちゃったという感じがする。
国として実施すべき統一的な政策があったとしてもその実行組織が分断されていたこと、天皇陛下以外の軍人、政治家の独裁(まあ、幕府だわな)を許さない憲法だったこと、その憲法を誰もが順守することで自分の責任を軽くしようとした(かどうかは分からないけど、自分は法律に反していない)こと、などが戦争に至った政策実行過程の実像、というのは日本の近現代史の常識らしい。
なので逆に、憲法を停止してでも、明治以来の国策であった(はずの)北辺防備のために、先人の血で購った満州を守りきるにはアメリカのケツの穴だってなめちゃうぜ、くらいの意気込みをもった独裁政権があれば、ドイツの始めた戦争に巻き込まれることもなく、中国との戦争をうまく納め、
その戦いが日米の太平洋をはさんだ大戦争に発展することはなかったかもしれない。
まあ、軍事独裁国家だって、スペインは中立を守ったわけだし、南米の軍事政権は、サッカーの結果が不満てなことでしか戦争なんてしないんだよね。

なので、もし日米は開戦しなかったら、アメリカはなかなか欧州大戦には参戦できず、ドイツは英国を侵略するか、あるいは講和をするものの、ソ連との戦争の泥沼化で何らかの国内問題が生起したのではなかろうか。
この場合は、米国でもFDR政権は短命に終わったはずだ。
その後は、勢力を増した共産主義に対抗するため反共同盟ができて、日本も参加し、ここで初めて日本は国民を巻き込んだ総力戦に巻き込まれることになったかもしれない。
いずれにしても、20世紀末には、満州も中国に返還し、朝鮮は独立していたと思われる。
経済的な大国になれた可能性もあるが、きっと、今とそんなに変わらない状況になっているんじゃないだろうか。
ということで、結局、2011年3月11日には地震が起きて、福島のミサイル基地の原爆が暴発し、
1936年以来75年も続いた軍事政権にも終わりが来たんじゃなかろうか。
ということで、この与太話を締めよう。

お粗末さまでした。

(i^c^i)

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