株式会社アイシーアイ

犬と暮らせば

BOSSのつぶやき 2014年12月

~ 犬と暮らせば ~

犬は人間の友達、とか言われているので、本当に友達かどうか、考えてみた。友達、とは何か、という定義が無いといけないので、まずは、友達の定義から。

goo国語辞典(手抜きだなあ、インターネットで調べただけなんて)だと「互いに心を許し合って、対等に交わっている人。一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人。」とか書いてある。これを、ワンコにあてはめるのは難しそうだ。まず、「心を許す」ということで言うと、まあ、許せることもあるが、口に何を入れるか分からん、とかいう状況で「心を許せる」か、というと必ずしも、という感じもある。なんでも口に入れてしまうのは飼い主の「躾が悪い」と言われることもあるが、友達を「躾ける」という観点もちょっと妙ではないだろうか。
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次に、「対等に交わっている」という観点はどうだろうか。これも、「スワレ」とか言って、道路でもなんでも座らせるようなことをさせるのは、どう考えても「対等」とは言い難い。もっとも、「ダチなんだからそこ座れよ」とかいう会話は、人と人の間でもありそうだが、、、また、首に輪っかを付けられて、ちょっとよそ見すると、ガツっとショックを入れる、とかいうのも、人と人の間で考えると、ちょっと「特殊」だと思う。
さて、まあ「一緒に遊んだり」は、確かにワンコと人の間でも、よくあることだ。とは言え、これも遊びと思っているのはこちら側だけで、先方は、「遊びじゃねえよ」と思っているかもしれない。「これやんないとあのジャーキーくれねえし、俺の仕事だぜ、これは」と思っている可能性は大いにある。人と遊ぶ、のはワンコの仕事、なのだ。
「しゃべったり」はワンコを知らない人から見ると、犬は「しゃべらない」と思えるだろうが、これは逆に、どうしてどうして、結構、しゃべります、ハイ。ワン、ワンということではなく、なんと「目」で話すんだな、これが。「あれ、ご褒美くれないの?」とか「散歩行きたくねー」「外行きたい」くらいは、もちろん、「元気だしなよ」とか「一緒にドライブってうれしいね」とか「あの獣医イヤ」とかと、十分に話が成立する。
で、まあ、合計すれば、どっちかというと友達みたいなこともある、と結論付けても良いかな、と思うが、いかがだろうか。犬バカの発言の代表例みたいな結論である。

さて、ついでに猫を考えてみよう。うちの猫で見ると、猫は友達どころか、ヒトの家という環境にあって生態系の頂点に立つ「プレデター」である。家の中では、犬は人間の傍にいることが多い。特に、ノソノソと「縄張り」確認をするような行動はしない。それは、群れを率いる飼い主の仕事だからだ。ところが、猫は自分の縄張りは自分で決めて自分で守る。なので、寝ていない時(まあ、24時間のうちほんの数十分だが)は、室内であっても自分の縄張りの周囲を「パトロール」する。そして、、、待ち伏せる。
この場合、飼い猫でネズミをおもちゃと信じている猫だと、被捕食者は飼い主である。飼い主がやってくるので待ち伏せて、襲うのだよ。噛みつくとかそういう訳ではなく、まずは、ヒトの足に絡みついて来る。そして、なんとか、食いモノを自分の前に置かせる。猫は、これで、自分で食べ物を「ゲット」したつもりになる、と思えるのだが。
まあ、犬にしろ猫にしろ、ヒトの家や庭、という環境が自然の住処、なのだ。彼らをいい加減擬人化するのはやめようと思うが、つい、寂しいと「話かけて」しまったりするのは、ストレスが溜まっている証拠だよね。
今月は、せっかくの年末。1年の締めくくりとして、きちんとしたことを書こうかと考えてはいたが、いろいろ考えているうちに、こんな「ほにゃあ~ららら」とした話になってしまった。きっと、忙しい年の瀬に面倒な選挙があって、気持ちが「ほにゃあ~」となってしまったのであろう。

ということで、とにかく良いお年をお迎えください!
来年は未。平安とか平和を示す字だそうだが、良いことがありますように。特に私と私の会社に、ですね。。。。