株式会社アイシーアイ

梅雨の風景

BOSSのつぶやき 2015年6月

~ 梅雨の風景 ~

「春来る」「風薫る」と書いて来たので、今月も思い切って「お天気」もので行きましょう。

適切な話題が見つからない時は「天気の話」をする、というのが紳士たる者の見識である、とイギリスで言われているとかいないとか。今時、天気の話、だともちろん「梅雨」だ。まあ、昨年の6月のこのコーナーも、やはり「梅雨」の話を書いている。5月末は、ピーカンで猛暑、6月に入って豪雨だったようだ。今年も、あまり変っていないが、昨年は、おそらくもう少し暑くて、もう少し土砂降りだったのかな、と思える。とは言え、今後、どんな猛暑が、豪雨が来るか分からないのだが。

子供の頃、この時期になると家では、青梅と氷砂糖と焼酎で梅酒を漬けていた。青梅に手を出すと「食べると疫痢になる」と言われた。こうした、幼い頃の条件付けは、結構、脳みその奥の方(かどうかは知らないけど、そんな感じの場所)に引っかかっていて、今でも、青梅は「食べたい」と思うどころか、手で触ることにも抵抗感を持っている。なので(と言う訳でもなく、面倒なので)今は我が家では、梅酒は漬けていない。昔の自家製の梅酒は、ぜ~んぜん「さ~らり」とはしておらず、飴色で「どろ~」っとしていた。子供時分から、なぜか梅酒(の水割り)と漬かった梅、は飲んだり食べたりしても良い事になっていたので、特に梅の実はよく食べた。これが、私の依存症の発端であろうか。

また、休みの日の梅雨の晴れ間には、畳をあげての大掃除とかドブ浚い、消毒などのイベントもあって、何やら夏休み前の「お祭り」のように大人たちが動き回るのを見ていた記憶がある。青梅の香りや畳を叩く音、ドブ泥とDDT、クレゾールの匂いが私の子供時代の「梅雨」の記憶である。と書くと「故郷はどちらですか?」と聞かれそうだが、23区内である。上下水道は無く、水は井戸、排水はそのままドブへ流し、糞尿の始末は「汲取り」の時代だ。半世紀前の東京23区の一部は(というか大半は)こんな感じで、他県の市街地の周辺地域とそんなに変わらなかったのだ。まあ、「サザエさん」(漫画の方、観月ありさ、のじゃダメ)を見れば分かるよね。まさにあんな雰囲気であった。

私は、今も生まれ育った土地に住んでいる。住宅街でも商業地でもなく、地域の区分は「準工業地帯」である。とは言え、工場の多くはマンションかコインパーキングあるいはコンビ二になっており、中途半端な「住宅地帯」になっているが。私の家は、その地域でも、古くから住んでいる人々の多い住宅地的な一角なので、変化も少なく、緑が多い。まあ、古くからと言っても、鎌倉時代や縄文の彼方から住んでいた訳ではなく、古い人でも高々江戸時代後半、大半は戦後からであるが。

思うに、昔から大きめの工場にはなにがしか木が植えられていた。桜は定番で、その他、楓や樫、橡などがあり、今でもマンションの周りや、あるいは個人の住宅の周辺にこれらの木々が少し残っている。バブルの時ですら地上げのなかった町内なので、当然、今でも地上げ等は無く、登記簿を見ると入り組んだ所有権と地型がそのまま残っている。少しは、中層のマンションもあるのだが、低層の住宅が多い。改めて、地域を見るとなかなか良い、と感じる時もある。まあ、我が「産土」である。ある意味、計画され整った感は無いが、それだけに、未だに、「そのまま」という感じの町並みであるとも言えよう。この街も、梅雨だ。

梅雨の風景は、夏に比べて、全体にぼやっとしている。夏は油絵、梅雨は水彩(水墨)である。ある意味、冬や夏の風景は地球上どこかにあるが、この「梅雨」の風景は、温帯モンスーンの特徴の一つなのではないだろうか。特に、この列島は、東にモンスーンを吸い取る大洋があり、インド洋から始まる雨季が最後のシーンを見せる土地だ。とでも考えて、本当はこの実に鬱陶しい時期を過ごしましょう!