国連グローバルコンパクトの活動報告(メールマガジン第4号より)

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今月のBossのつぶやき ”インタフェイスの限界”
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我々は、言語、を使う。音をベースとした言葉、視覚による文字、いづれも「言語」だ。これを、
使って、自分が伝えたいことを他人に伝える。インターネットが発達した今日でもそのベースは
変わっていない。だから、コミュニケーションとそのインタフェイスについて、先月つぶやいてみた。

そもそも、コンピュータもネットワークも人が言語を使うからそのための道具として出てきたものだ。
まあ、紙と筆記具の延長線上にあり、そこから大きなパラダイム変化があったわけではない。
伝えるのが早くなったり、記録の量が増えたりしただけなのである。インタフェイスも言葉や文字、
記号の類で伝えることが基本であり、あくまでも事実の伝達と記録および記録の共有のための
技術である。コンピュータや電子的コミュニケーションの発達によって、それ以外の役割が
付け加わったことはない。伝えられ記録され共有されるものは「事実」(起きてしまったこと)
だけなのである。

こうした言語(あるいは、ヒューマン・インタフェイス)をベースとしたコミュニケーションで不可能
なのは感情や感覚の正確な共有である。すき、きらい、気持ちが良い、美味しい、楽しい、など
言語としての語彙はあっても、それを正確に伝えること、正確に表現することは芸術の領域であり、
その表現を認識することは感性というものになる。芸術やそれを受容する感性は、人間の大脳を
経由するものであり、あくまでも一人の脳の中で起こることで、それを伝え記録できるダイレクトな
インタフェイスとはなっていない。

ヒト以外の生き物の多くは、感情の伝達や記録を化学反応で行う、と言われている。所謂、
フェロモンである。事実の正確な伝達や記録についてはヒトが獲得した特性であり、ヒト以外の
生き物について、その活動が認められたことはない。また、人間が行う事実の伝達、記録といった
活動の量は、コンピュータや通信技術の発達で、ますます早く、正確にとその性能を増してきている。

しかし、感情や感覚の正確な伝達、記録、共有は、これらの電子工学的な技術だけでは、今後も
進歩を遂げることはないであろう。通信技術が発達し、電子的記録がいくら増えても、誤解や偏見、
独断などが解消していないことは、日々通信され記録されている「事実」によって証明される。

感情や感覚のインタフェイスという意味では、フェロモンの受容器官を持つ一般の哺乳類、
まあ一言で言えば、犬にも猫にもネズミにも劣るのが我々である。重要なのは、伝達、記録と
その共有について、量的な効率性だけを重んじることではなく、こうしたものは共有すべき「真実」
の限られた一部にすぎない、という謙虚さを持つことなのだ。

(i^c^i)

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