「もう」は「まだ」なり、「まだ」は「もう」なり(メールマガジン第15号より)

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今月のBossのつぶやき
~ 「もう」は「まだ」なり、「まだ」は「もう」なり ~
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6月11日、東京は雨。朝からテレビのニュース番組では、震災から「もう」3ヵ月、という声が流れて来ている。3月11日から3ヵ月。どうもトーンは、3ヵ月「も」経つのにまだ復興は進んでいない、というように聞こえる。曰く、「義捐金も給付されていない」「仮設住宅への入居も遅々として進んでいない」「がれきの山も片付いていない」… 等々。

ふと思ったのだが、これが、「まだ」3ヵ月しか経っていない、というトーンでの報道であればどうなんだろうかと。「まだ」3ヵ月しか経っていないのに「すでに義捐金の給付の始まった市町村がある」「完成した仮設住宅に引っ越してきた家族が居る」「港へ通じる道路の周辺のがれきは片付いている」ということになるのではないだろうか?もちろん、個々の被災した方々にとって、「まだ」でも「もう」でも、とにかく以前の状態に復していないことは事実なのであるし、さっさとやってよ、という気持ちが強くあるのは当然であろう。とは言え、「まだ」なのか「もう」なのか、報道の伝え方から見た時に、もう少し考えた方が良くはないだろうか?

今回の災害の復興は太平洋戦争 一部の方がには大東亜戦争 の「戦後復興」に比することができるくらいの大プロジェクトだと思う。そもそも、数年の単位 いや数十年の単位の計画期間になるはずだし、当面の復旧のための災害対策期間ですら1年 ~ 2年くらいの時間が必要なのではないだろうか。それを前提として考えると、3ヵ月はまだまだ初動の状態のはずだ。企業の年度計画を考えてみると1Qが終わったところで、あと4分の3の期間が残り、予定より上手く行っていても、まだ気は抜けないし、逆に最悪の状態であっても十分に抜け出すことができる、という時で「焦り」はないはずだ。

「まだ」9万人以上の人が「避難」の状態であり、行方の分からない人が、「まだ」1万人弱居る。被災した人たちの中には、「もう」事業を再開し、義捐金どころか、通常通りに仕入れや給与の資金繰りそのものを考えている人もいれば、「まだ」避難所で暮らして、日々生きていくことが精一杯でお金が手元にあっても何に使うのかも決められない状態の人も居る状況だと思う。

ことほど左様に「まだ」と「もう」は、伝わり方が違うのだ。何で報道機関は「もう」3ヵ月、というのだろうか?こんな重要な副詞を、もしかしてアナウンサーやタレントが「アドリブ」で話してるんじゃないよね、と思う。「まだ」3ヵ月というと「やっぱり」と言って管さんが辞めない、とか、「まだ」3ヵ月というと市町村が義捐金を放っておいて首長のスイス銀行の口座に入っちゃうとか、そんな馬鹿なことを考えてるんじゃないの?という気もするのだが。「まだ」と「もう」の使い分けは、人々の気持ち センチメント を左右する大きな意味がある。だから、株式投資の判断には、表題の極意があると言われるのだが。世を預る人々は、単なるアナウンサーの言い方一つで判断を誤らないように願いたい。

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