去年今年 こぞことし

BOSSのつぶやき
~ 去年今年 こぞことし ~

年が改まって2012年 平成24年になった。皇紀2672年でもある。干支は壬辰。
アイ・シー・アイでも年初には本社に集まって今年の抱負みたいなものをBOSSが話すことをやっている。本社が愛宕神社のすぐ真下なので、その日に愛宕神社に参拝、ちゃんと社殿でお祓いをしていただくこともしている。今年の参拝は5日の午前中の予約となったので、4日は特別休暇としてみた。ふと来年(2013年)1月のカレンダーを見た。なんと、来年も4日を休暇とすると5日が土曜日でかつ今年の12月29日が土曜日になり、9連休になるではないか。とすると、参拝の7日はかなり早く予約しないと大変なことになりそうという予感がするが、どんなモンだろうか、などと新年早々BOSSは暇である。

題にした「去年今年(こぞことし、と読むのだよ)」は、季語、である。高浜虚子が昭和25年の大晦日に「去年今年、貫く棒の如きもの」と言う句を詠んだ。(俳句は「詠む」で良かったかな?自信がないけど、まず、俳句を作ることは「読む」ってことはないと思う。)かつて野村證券の北裏喜一郎氏が田淵節也氏に道を譲った翌年(たしか昭和54年か?)の年頭所感で、この句を引用したことがあったとかで、BOSSが籍を置いた会社では、偉い方たちが新年を迎える挨拶にはよくこの句を織り込んでいたものである。虚子の句自体もさまざまな読解があるようだし、北裏氏の引用自体にもなにやら時に応じた意味づけがあったようにも記憶するが忘れてしまったと、いまさら宣言しちゃうのは問題かもしれない。まあ読解だか、ごく単純に、時が過ぎ年が改まっても、何か大切な「変わらないもの」があると、いう解き方がしっくりと来る。

昨年3月の大震災以来、何かが変わった、とか、世の中違った、というような論が横行している。また、改めて「家族の絆」や「人と人のつながり」が今こそ「やっぱり」必要なんだ、とか言われてきている。まあ、ここで「へそ曲がり論」を立てれば、じゃあ、変わらないものって、何だろう、ということを考えてみたい。もちろん、絆とか人に寄り添って~云々、も不変のことだろうが、それらが「貫く棒」かというあたりを論点にしてみたい。去年(こぞ)に大地震や大津波が来ても、変わったり、「今こそ」必要になったりしないものがあるはずなのだ。絆や人のつながり、もそれなりに変わらぬものであろうが、「棒のごとき」ものかというと、ちょっとパッシブかなあ、と思う。もっと、アクティブに自ら「変えぬように」しないといけないもの、という意に取りたい。

となると「仕事」という意味もあるだろうか。会社とか商売、業種とか言うよりも、職業と言うようなもの。まあ、ウェーバー的に言えば「ベルーフ」だろうか。職業とか仕事というとどうも外に目が向いて、うちのカミサンに一言ありそうなので、家事なども含めて「生き方」とも言えるかもしれない。「作品」という人もいるだろう。作品では狭いのかもしれないが、もともとの虚子の俳句の意はその辺だろうか。言ってしまえば、日々変化する環境に対応しつつ人間の生き方を「貫いて」その「生活」を支えるものだ。

今年はと言えば、復興をこの「貫く棒」をきちんと打ち込んではじめると、言うととても格好良い。震災や津波の前からあることを忘れずに、前に進んで行くことを考えるのが良い。また、「変わらぬもの」は、そこに仕事があり生活があるから変わらないのだし、「変わらぬもの」があるからこそ、環境が変わっても、旧に復することも、復た生活を興すこともできるのだろう。

いささか、くどい話になったが、結局、またメールマガジンの締め切り間近で、話題を決めるから、こういう文章になる。まあ、twitterで済むことを「エッセイ」にしようとするから苦労する、と言うこと。身から出た「さび」に違いない。さて、結局、愛宕神社に電話したところ、来年の参拝は、7日は神事があるので4日になりそうだ。9連休が出来なくなった。果たして、社員は4日に何人出てくるだろうか?


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