to be or not to be 又は、決断

BOSSのつぶやき 2015年10月
~ to be or not to be 又は、決断 ~

to be or not to beはハムレット第三幕の有名な独白の冒頭である。坪内逍遥は「世にある、世にあらぬ、それが疑問ぢゃ」と訳し、福田恆存は「生か、死か、それが疑問だ」と訳している。まあ、二者択一で悩む、というセリフである。悩みは、父王の幽霊の言葉から、父の敵(かたき)と知ってしまったクローディアスと対決して死を選ぶか、まあ、王子として気にせず生きるか、という選択ということだったような。心の中身は複雑であるが、この13文字だけで見ると、beかbeでないか、という単純な問いかけである。究極の選択である。ハムレット君は、そもそも、どっちも選びたくない、で悩むのである、とも思える。まあ、閑話休題、とは言え、結局、様々な決断が難しいのは、いずれにせよ、最後はこのような二択を迫られるからだと考えられる。なにせ、二択は片方を採用すれば、片方が捨てられる、というのが原則なのだ。「まあ、両者折衷して」という話が出るならそれは決断ではなかろうし、逆に、、結論が出ることにならず、今度は「折衷すべきか、せざるべきか」で悩むはずだ。まあ、ここで、悩まず「そうだね、いいね、折衷は!」と言える人は、そもそも二択で悩むことなどないのである。

 さて、二択というのは、AかBか、という問いもあろうが、この問いかけは、CもDもXも、ある中のAかBか、なので、正確には、AかBかそれ以外かの三択である。二択は、AかBか、ではなく、AかAで無いかを選ぶような場合だな。これは、バイナリーであり、対象を二つに分けて、どちらかを選択する。なので、この方法でいけば、理屈の上では、いずれかの選択肢によって、次の選択肢が決まっていき、最後は、最初の問いから一つの答えに到達できることになる。昔、NHKのラジオで「二十の扉」という番組があったことを記憶されている方も居ると思うが、この二十の扉の方法である。この番組の中身は「中(あ)てもの」のクイズで、司会者が「鉱物」か「動物」か「植物」か、だけを知らせ、その後、回答者が一人ずつ「それは~ですか?」と訊き、司会者は「はい」か「いいえ」で答える。そして20問目までに正解を当てる、というものである。質問への答えが、イエスかノーか、なので、2の20乗(100万個)の候補から一つを選ぶということなので正解が出る理屈だったような、、、とは言え、まあ、訊き方次第で、だんだん正解から離れてしまうこともあるのだ。まあ、だから、エンターテインメントになるわけだが。

 ソフトウエアのアルゴリズムでも、このバイナリーを使った探索や並べ替えの技法があり、基本情報処理技術者の試験に合格した人であれば、知っている(ことになっている)。この方法は、効率よく何かを見つけたり、関数の結果を求めたりすることができるのだが、結果を出すためには、この「分かれ道」、すなわち20の扉で言うと質問が一定のルールに従っていなければいけないのだ。二十の扉でも、回答者が慣れてくると「動物」の次の質問は大体決てくる。たとえば、「それは泳ぐものですか?」とか「それは日本に居ますか?」など定型的な質問で正解に迫る。結局、中る直前の2~3問が勝負になるような感じだ。言ってみれば、出題者と回答者の間での、暗黙のルールは存在していたと考えても良い。公開番組だったのでラジオなのに観客も居て彼らが、安心してひやひや、どきどき出来たわけだ。ソフトでの探索の場合では、かなり厳密なルールで、ノードの分岐が決められている。人の意思決定でも、Yes or Noで答えを探す一つ一つの質問をどう作るかで最終的な決定ができるかできないか(ソフトでも答えが出ないでループするような条件もあったりするし)が決まるのだ。

 そもそも、この話は、意思決定での決断は二択となり、一つの意思決定は、そうした二択の決断の集合から答えが出る、ということだ、という論旨である。決断時の妥協や折衷ももちろんあるだろうが、それとても、妥協する、しないという決断は、反対意見(背反する選択肢)の数だけある。なので、妥協や折衷があると、余計に意思決定が複雑になると思う。バイナリーを使ったアルゴリズムでも、分岐が複雑になったり、数が多くなったりするのは、あまりエレガントな解ではなく、処理に時間もかかり、リソースも無駄に使ってしまう。人の意思決定は、アルゴリズムではなく思考の産物なので、アルゴリズミックではなく、ヒューリスティックに仮説や想定が出来る。全体としては、二択(というか二分)のアルゴリズムに従うとして、分岐、つまり質問の組み立てについては、ヒューリスティックに決めることになるのだろう。いくら、ヒューリスティックとは言え、最初の問いかけからいきなり、仮定や推測に頼って最終回答を出すのはいかがなものであろうか。そうではなく、ヒューリスティックに設定された分岐を、事実や計算に基づいて、一つ一つ解いていくことが、重要である。そうすれば、ハムレット君のように、ループの結果として、訳の分からない「悲劇」となることだけは避けられよう。と、思う。

 そもそも、BOSSは、冷静かつラショナルな思考は、苦手とする人間である、とされる。一時期、若いころ(と言っても40とか50とか、人によっては分別盛りの頃だが)「意思決定が延髄反射」と言われていた。要は、ヒューリスティックオンリーでアルゴリズムもなく、思い付きで決断していた。また、もっと若いころは、「取柄は、すぐに動いてくれること。だけど、結局、こっちの後始末が大変なことも多くてね」とお客様から言われたこともあった。なので、ちょっと分別が必要なときは、ハムレット君のように「to be or not to be」と唱えてみようか。いや、それより、良く言われたように「動く前に10数え」てみようか。


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