株式会社アイシーアイ

プロの仕事

囲碁を知らない人には、聞いたことの無い名前であろうが、藤沢秀行という棋士がいた。
3回の癌の手術を乗り越えて、1991年に史上最高齢(67歳)でタイトルを防衛したが、それ以前にも数々のタイトルを獲得して、紫綬褒章、勲三等旭日中綬章を受章している。

藤沢は呑む、打つ、買うの3拍子で、競輪、競馬、など賭け事に夢中になり、また酒漬けの日々が続き、タイトル戦の2ヶ月前にはアルコール中毒を消すために断酒をし、禁断症状に苦しみながらタイトルを防衛し、また酒漬けの日々を続けるという破天荒ぶりであった。
しかし、若手の棋士の育成に力を注ぎ、現在活躍しているほとんどの棋士は彼の指導を受けている。また、中国・韓国の棋士の指導にも力をいれて、現在活躍中の一流棋士は彼の教えを受けなかった者はいない。

現在、日本のトップ棋士でも中国・韓国と世界戦でも勝てなくなっているが、中国・韓国の棋士に対する藤沢の教えも大きく影響している。また、息子藤澤一就8段は息子で、その子供藤沢里菜4段は昨年女流名人など女流タイトル4冠をとった。

このように藤沢秀行の経歴を述べると、いかにも天才棋士と思えるが、意外に遅咲きの棋士で、14歳で初段になってから、なかなか芽が出ずに、初タイトルは32歳での首相杯である。自分でも『50歳を超えてから強くなった』と言っており、52歳のときに取ったタイトル『棋聖』を、その時から6連覇している。

しかし、藤沢が見通しを誤ったのは、『コンピュータは人間にかなわない』と予想したことである。今では、人間がコンピュータに勝てないことは当たり前の事実となった。

2009年5月に83歳で亡くなっているが、私はその2年くらい前に、藤沢が碁を打ってくれる銀座のバーでお目にかかったことがある。碁を打ってもらうには、50万円でサイン入りの碁盤を買わなければならないと聞いていたので、打ってもらうことはしなかったが、その時本人から名刺をもらった。ニコニコと愛想よく挨拶していただいたことを覚えている。
プロ棋士は、素人への指導碁を馬鹿にするようなところがあり、自分の勉強にならないと嫌うが、藤沢は『どんな下手な素人への指導碁であっても、学ぶことは少なくない』と謙虚である。

藤沢の弟子に指導する上での、1番のルールは『マナーが第一』ということである。藤沢の言う『マナー』とは、『相手に不快感を与えないこと』という。
ある時、将棋棋士芹沢博文と、『神の知る囲碁・将棋の全てを100としたら、自分たちにはそのうちどのくらいをわかっているか』と二人で紙に書いたことがあり、藤沢は6、芹沢は4~5と書いたという。

藤沢を天才型の棋士と普通は思うが、本人は、『日ごろ血を吐くような努力をし、それだけでなく、人間を磨かなければダメだ』、と言った。そして、癌でアル中で体調がどんなに悪くても、負けた勝負について言い訳はしなかった。『結局自分が弱かっただけ』と。プロは結果に責任を持つものと、プロセスは言い訳には使わなかった。

日ごろの努力と、無限の可能性に対応すること、マナーを忘れないこと、さらにプロは結果で勝負することで、藤沢はプロの頂点にたったが、亡くなってもいまだに人々から愛され、語り継がれている。